2013年2月15日金曜日

あれから16年、日本中が歓喜した思い出の場所

 
 

ジョホール・バルに来られるお客様からたま~に聞かれます。
-「『ジョホール・バルの悲劇』で有名なスタジアムってどの辺に在るの?」

「ラーキン・スタジアムのことですね。それは市内中心から約10分の所に在ります。
  因みに“悲劇”はドーハの方で、ここジョホール・バルは“歓喜”です・・・」
「あぁ、そーだった笑」

 サッカー好きでもそうでなくても記憶にあるかと思いますが、日本代表が1997年にワールド・カップ(W杯)初出場を決めたスタジアムがジョホール・バルに在ります。
日本サッカーの聖地、ラーキン・スタジアム。隣はバスターミナルです
 日本サッカーの歴史に刻まれている1997年11月16日、1998年ワールド・カップ、フランス大会アジア地区最終予選、イランとの一戦です。
 90分間の勝負は、2-2で両国とも譲らず。
 勝負は、延長戦後半のに入り、時計は残り2分を示していました。
 中田英寿が自ら持ち込みシュート。キーパーが弾いたこぼれ球を野人・岡野雅行が蹴り込んでVゴ~~~ル!!!
 その名は「ラーキン・スタジアム(Larkin Studium)」、正式名称はタン・スリ・ハッサン・ユーヌス・スタジアム(Tan Sri Dato Haji Hassan Yunos Stadium」とやたら長いです。

 ちょっと熱くなってしまいましたが、上記の質問されるお客様の多くの年齢層は、この場面に震えた30代から40代半ばで、当社顧客年齢層からすると比較的低い(若い)です。

 その目的も、お子様を将来的にインターナショナル校へ入れたい、シンガポールとの地理的関係に魅かれる、MM2H取得後の住まい探し、不動産価格が他都市と比較して割安なので投資や移住、セカンド・ハウス探し等々と、皆さん、その目的後の動き・フットワークが軽い感じがします。(気のせい?)

そして、皆さん、ジョホール・バルの現実を見た後、その未来に夢と希望を強く感じて再訪馬を約束される方が多いです。(嬉しい!)

「ジョホール・バルは、アジアのサクラダ・ファミリア教会みたいな所ですから、今度来られる時は・・・」。

JB支店

0 件のコメント:

コメントを投稿