2014年4月28日月曜日

オバマ大統領マレーシア訪問、一筋縄ではいかなかった米マ関係

  4月26-28日まで、米国大統領としては48年ぶりとなるバラック・オバマ大統領のマレーシア訪問が実現しました。
 
 大統領のマレーシア訪問は、
テレビ・ニュース映像から
昨年10月にを予定していましたが、米国議会での予算問題で遊説をキャンセルせざる得ませんでした。

 大統領は、ナジブ・ラザック(Najib Razak)首相との対談のほか、国立モスクの訪問、青年企業家育成を目的としたマレーシア・グローバル革新と創造性センター(MaGIC)の開所式、マラヤ大学での講義などの日程をこなしていきました。

 米国として大統領訪問の目的は、やはり環太平洋パートナーシップ(TPP)の協定交渉ですが、日本同様マレーシアも貿易関税に関しては慎重にならざる得ないお家事情があることもあり、大きな進展よりも交渉の土台作りを目的としていた観があります。そのほかの議題は、大量破壊兵器の不拡散、ビザの免除、英語教師派遣の継続など、比較的小さなものばかりで、新たな友好関係の構築のためといった側面が大きかったようです。

 新聞・テレビは、「新たなるマレーシア-米国関係の幕開け」と大々的に報じました。

 というのも最近20年間のマレーシアと米国は、好調なアジア経済における貿易相手という通商関係以上でも以下でもない関係でした。特に90年代マハティール(Mahatir)政権時代は、マレーシアと米国は、素直に“親友”と呼べる関係ではなかったからです。



 マハティール前首相は、共和党ジョージ・ブッシュ大統領(第41代:1989-93)時に発足したアジア太平洋経済協力(APEC)に対し、独自の経済ブロック東アジア経済協議体を発案したことが米国との火種となりました。ブッシュ大統領は、APECの首脳会議にマハティール前首相が民族服で出席したことに対してまで、不快感を表すなど国の指導者としていささか逸脱した感情レベルにまで達していました。

 もちろんブッシュ政権時代には、湾岸戦争も勃発し、世界の構造が東西対立時代から欧米とイスラム世界との確執に移っていった背景もイスラム教国家であるマレーシアが米国に対し慎重な立場を取り続ける理由となっていました。

 その後、米国が民主党政権に移り、ビル・クリントン大統領(第42代:1993-2001)政権になってからもマハティール前首相は、米国に対して親近感とは遠い感情を抱いていたように感じられました。

 1998年、アジア各国が前年から始まった経済危機に対処が主題となったAPEC首脳・閣僚会議は、マレーシアが開催国となりました。マハティール前首相は、経済危機を誘導した通貨危機の原因は、ヘッジファンドが引き起こしたとし、その顔であるジョージ・ソロス氏を名指しで批判。また、IMF(国際通貨基金)による経済構造の変革をともなう経済再生の処方箋を跳ね除け、通貨と資本規制を行なうという独自の方策を採ったばかりの時期でした。また、政治的には経済政策の対立から当時の副首相兼蔵相であったアンワール・イブラヒム(Anwar Ibrahim)氏を解任し、国内が大きく揺れていました。

 サイバージャヤを会場にしたAPECに米国を代表して出席したのは、アル・ゴア副大統領でした。クリントン大統領が出席しないこと自体も米国のメッセージであったと思います。また首脳が一同に集った晩餐会の席で、ゴア副大統領は、「ドイモイ(ベトナムの経済政策)やリフォルマシ(インドネシアの改革運動)のようにこの地でも自由を求めるものたちの声が聞こえる」と発言し、あかるさまにアンワール氏支持者しました。

 この晩餐後、マハティール前首相はゴア副大統領と挨拶も言葉も交わさなかったと伝えられています。

 それからマレーシア、米国は、それぞれアブドゥーラ政権、ジョージ・Wブッシュ政権を経て、2009年1月にオバマ大統領、3月にナジブ首相が政権に就きます。

 今回のオバマ大統領訪マレーシアが実現したのは、やはりマハティール強権時代が終わり、民主化が進んだことがひとつの大きな理由です。ナジブ首相は、「国内治安法」の撤廃と「平和集会法」制定を挙げ、マレーシアの民主主義が前進していることを大統領の前で強調しました。また、オバマ大統領も民主化を掲げた主要な市民団体との会談も行ないました。なかには、選挙制度の改正を求めて過去に大規模な抗議集会を行なったブルシ(Bersih)といった団体まで含まれ、マレーシアの歴代政権時代には考えられないことです。

 ご存知の通り、オバマ大統領の父親はケニア出身のイスラム教徒であり、母親の再婚相手もインドネシア出身という家庭に育ちました。マレーシアにとって、過去の大統領と比べてイスラムや東南アジアに対する抵抗が少ない大統領に格別の親近感を寄せています。
国立モスクを訪れた姿も大きく取り上げられ、マレーシアを含むイスラム世界と米国の理解が進むことが期待されます。

 惜しむらくは、政権第一期に訪問が実現していれば、両国の新時代も早まったことでしょう。 マレーシアは、かなり遅れたオバマ・ブームに沸きましたが、史上初の黒人大統領が残していったものは大きかったようです。

               

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